結論から。松羽目(まつばめ)は、能舞台をまねて、舞台の正面に大きな老松、左右に竹を描いた背景です。 能や狂言をもとにした踊りのときに使われ、こうした作品を「松羽目物」と呼びます。幕が開いて松の絵が見えたら、「能・狂言から来た曲だな」と思って見始めてください。
日本舞踊の松羽目とは?
松羽目は、舞台の正面に老松(おいまつ)を描き、左右の袖に竹を描いた舞台装置です。能舞台の後ろにある松の板(能では「鏡板(かがみいた)」と呼びます)をまねて作られています。
文化デジタルライブラリーの歌舞伎事典では、下手(客席から見て左)に五色の揚幕、上手(右)に「臆病口(おくびょうぐち)」という小さな引き戸がある、と説明されています(歌舞伎事典「松羽目物」)。歌舞伎の舞台と能舞台は造りが違うため、大道具で「ここは能舞台です」と見せているわけです。
松羽目物とは? どんな曲がある?
松羽目物は、能や狂言をもとに作られ、松羽目を背景にして踊る作品のことです。「能取り物(のうとりもの)」とも呼ばれます。
文化デジタルライブラリーの分類では、代表作を次の2つに分けています(文化デジタルライブラリー「題材による分類」)。
| 雰囲気 | 主な作品 | もとになったもの |
|---|---|---|
| 勇ましい・格調高い | 『土蜘』『連獅子』『船弁慶』 | 能 |
| ユーモラス | 『身替座禅』『素襖落』『棒しばり』 | 狂言 |
日本舞踊の会では、『連獅子』や、隅田川の渡し場を舞台にした『賤機帯(しずはたおび)』などが松羽目で踊られます。ただし、同じ曲でも会によって背景が違うことがあります。番組(プログラム)に背景の説明はないので、幕が開いたときの舞台で確かめてください。
なぜ能の舞台をまねたの?
歌舞伎の地位を上げ、踊りを格調高いものにするためだったと説明されています。江戸時代、能は武士のもの、歌舞伎は庶民のものとされていました。
松羽目を使った最初の例は『勧進帳』とされます(歌舞伎事典「松羽目物」)。初演は天保11年(1840)で、能『安宅』を原作に、能に近い形で演じました。ただ、当時の観客には堅苦しく映り、初演はほとんど評判にならなかったと言われます(Wikipedia「松羽目物」)。
いまよく上演される松羽目物の多くは、幕末から明治・大正にかけて作られました。『土蜘』は明治14年(1881)、『身替座禅』は明治43年(1910)の初演です(同)。
松羽目物は、能とどこが違う?
筋や衣裳は能・狂言に近づけていますが、音楽は多くが長唄と囃子(はやし)です。能そのものではなく、「能の形を借りた踊り」として見るのが近道です。
能では謡(うたい)と笛・鼓が中心ですが、松羽目物では舞台の奥に長唄の唄い手と三味線、鼓や笛が並びます(Wikipedia では「多くは長唄と出囃子によって」演じると説明)。内容も、能の筋をそのまま写すとは限りません。『身替座禅』は狂言『花子』を、夫婦のやりとりを大きくふくらませた笑える踊りにしています。
客席では、どこを見ればいい?
背景に松が見えたら、次の3つを見てください。どれも「能・狂言から来た曲」の目印です。
- 後見の服装:松羽目物では、後見(舞台で踊り手を手伝う人)が裃(かみしも)姿になることが多いです。黒衣ではなく、きちんとした裃が出てきたら格式の高い曲のしるしです。
- 出入りの場所:踊り手が揚幕から登場するか、上手の小さな臆病口から出入りするかを見ると、能舞台らしさがよくわかります。
- 笑いの曲か、勇ましい曲か:同じ松の背景でも、狂言から来た曲は笑ってよい場面が多くあります。客席の空気に合わせて、肩の力を抜いて楽しんでください。
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